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2012年4月20日 (金)

エルクローネの思い出

私の机の上に、書類の山が……。

201204


広げると……。


201204_2


こうなります。
始末書の山――ならぬ、台本の山。
「エルクローネのアトリエ」で使用した台本のほんの一部です。
ここには、沢山のドラマが詰まっています。

ザールブルグの暖かい雰囲気を大切にしつつ、
作り上げた新しいエルクローネの街は、
みなさんの心にどのように映りましたでしょうか?

お手にとって遊んで下さっているみなさま、
ありがとうございます。

そして、もし興味がある方は、
エルクローネにぜひ遊びにいらして下さいね。

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2012年4月12日 (木)

エルクローネのアトリエ発売しました!

「エルクローネのアトリエ~Dear for Otomate~」
本日発売となりました!

公式サイトはこちらになります。
エルクローネのアトリエ~Dear for Otomate~公式サイト

私、生田美和もシナリオで参加させていただいています。
ほのぼのファンタジーがお好きな方はぜひ、お手にとってくださいね。

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2012年4月10日 (火)

ロスト・ガーデン

春は、卒業と入学の季節。
街のそこここで、出会いと別れがあるのだろう。

舞い散る桜の下、
新入生らしいちびっ子たちが遊んでいるのを見て、
ふと思った。

この子たちは、友人をロストすることがあるのだろうか?、と。

私の子供時代は、携帯電話もなかった。
だからなのか、転校は絶対的な別れだったし、
進学で学校が違えば、友情も途切れがちとなった。

一度見失った友だちは、なかなか見出すことが出来なかった。
結婚によって姓が変わったり、旦那様の生家へ嫁いでいく
可能性がある、女性ならばなおさらだ。

でも今は、ネットというものがある。
学校や住んでいる場所、そういうカテゴリーを超えて、
個人と個人が結びつくことが出来る。

情報のやり取りもずっと簡単で、
携帯電話、メール、掲示板、様々存在する。
遠距離友情を助ける手段が、いくつもあるわけだ。

さらに、親御さんから「自由に使って良いよ」と、
パソコンや端末を与えられる中高生あたりで、
Facebookやmixを駆使すれば、
わけあってロストした友だちでも、
探すことができるのではないだろうか。

今の大人たちも、
ロストした友人を探すことはあるのだろうけれど、
子供時代にネットがなかった世代にとって、
社会人になってから出会ったネットというのは、
匿名で守られたある種の異世界であった。

その現実とは異なる世界で、
趣味に羽を伸ばしたり、思いを吐露したり、
というような色合いが濃かったように思う。

でもネットは徐々に、現実世界に溶け込み、
リアルを助けるものとして、機能しつつある。

私自身、お腹に赤ちゃんがいた頃、
どれほどネット通販に助けられたかわからないし、
mixiやTwitter、Facebookを活用して、
バリバリと仕事をこなしている先輩方を見れば、
ネットが既に、家庭や仕事を補助するツールとして、
確固たる地位を確立していることがわかる。

ネットはとても恐ろしい一面もある。
間違った情報や悪意ある噂に、
いつまでもつきまとわれることもある。

でも、これからの子供たちが、
親御さんの転勤や、進学などに左右されず、
今まで培ってきた友情を続けられる手段を持っているのは、
いいことだなあと思う。

もしかしたら既に、転校も進学も結婚も、
友情の妨げではないのかもしれない。

友人のない人生は、花のない庭のようなものだという。
子供たちに、花咲き乱れる人生があることを願う。

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2012年4月 8日 (日)

お仕事拝見!ゲーム開発の流れ(2)

前回、「お仕事拝見!ゲーム開発の流れ(1)」の続きです。

(4)チームはどうスタートするのか?

経営の側の人たちとの激しいバトルの結果、
企画書が通って、OKとなった場合。

ここでやっと開発スタート!となって、雲の上の話から、
下界に降りてきて、一介の開発者も参加できる……、
というわけではなかったりします。

すぐに開発がスタートするわけではないのです。
チームが、すぐには作れないことになっています。

これにも、様々な理由があるのですが、
一番大きい理由は人がいないということです。

「人がいないってどういうこと?」って、
そう思う方もいらっしゃるかと思います。

人がいないその理由……
みなさんは見当がつくでしょうか?




正解は、開発者のみなさんが他のタイトルを開発中だからです。

だいたいの開発会社は、
開発者を遊ばせないようにしています。
開発現場では常に、何かが作られています。

場合によっては、
複数のタイトルを掛け持ちする方もいます。

すると、新しい企画を立ち上げるその時期にも、
開発では、何か作っていたりします。
みんなが何か作ってるので、
すぐに大人数を揃えられないわけなんです。

人がいないのに新しいチームを立ち上げなければならない。
その場合どうなるかというと、少数精鋭で、ということになります。

企画を通した有名クリエータやベテランさんが、
チームにどうしても入れたいという人を召喚します。
2、3名という場合もあります。

ここで、少人数ながらチームが立ち上がります。
いわゆる、『小チーム』というものです。



(5)ゲームはどう作り始めるのか?

企画書が通り、小チームが出来ました。
さあ、いよいよゲーム作りです!

といいたいところなのですが……、
まだまだ道のりは遠いです。

すぐにゲーム作りに取りかかれないのは、
やはり人がいないためです。

RPGは大量のデータを必要としますので、
制作にはそれ相応の人数が必要になります。

会社の制作スタイルや、作る内容にもよりますが、
最低でも15名くらいは欲しいところではないかと思います。

そこで、小チームは、
いきなり本格的な制作に入るのではなく、
企画書を元にしたゲームの根幹作りに入ります。

本格的なゲーム制作に入る前の準備段階――、
これが『プリプロダクション』と呼ばれるものです。

小チームで挑むプリプロでは、
一番売りになるシステムや遊べる部分、
あるいは、どんな風に企画が転んでも使えるだろうという基本、
そういったどう転んでも無駄のない箇所に手をつけていきます。

ここで、第二の試練が来ます。
創り上げたゲームの一部分、ゲームの原型を発表し、
「本当にこのゲームを作るべきなのか?」を問われます。
判断するのは、経営側の方々です。

製品として、あるいは作品として、
勝機が見えない場合、ここで企画は潰れます。

つまり、本当の意味で、
この新企画はまだ通ってはいないのです。

これは、相当に厳しいチェックになります。

そこで、イメージ映像などを作って、
もう一度、経営陣のハートを掴みにいきます。

しかし、ゲーム性やイメージ映像が、どんなに面白くできていても、
それとは関係ないところで企画が流れてしまう場合もあります。

例えば、
他のタイトルの続編を作ることになったので人数を裂けない……。
例えば、
他のタイトルの開発が遅れているので、人数をそちらに割く……。

そんなことになってしまえば、小チームは即解散となります。
個人の努力や才能では、もはやどうしようもないです。
ゲーム開発には、そういうめぐり合わせがあります。


ちょっと脱線します。
実は、私も小チームに参加していました。

その企画を聞いて、
数分で魔法にかかったようになってしまいました。
新しい面白さに満ちた企画でした。

チームも本当に気持ちのよい、ゲーム好きな人たちが集まっていて、
ゲームと向き合う楽しさを取り戻してくれた、そんな場所でした。

残念ながら、企画内容とはまったく別な理由から、
チームの存続を認められなくなりました。

私は、あのワクワクするようなゲームを越えるものを、
他の企画書から感じたことはありません。

一言で言えば、挑戦。
挑戦的なゲームでしたね。
既存ゲームの何にも似ていない。

つまりゲーム性での勝負、純粋な面白さでの勝負でした。

こういうものが世に出て欲しいと思っています。
何かに似てるとか、何かの続編とかではなく……。
切にそう願っています。



(6)正式始動

話を戻しまして……。

企画書が通り、
小チームで作ったイメージ映像なり、遊べる部分なりも好評で、
たまたま他のタイトルとも人の取り合いにならず、
既存の発売タイトルも好調で、会社も傾かなかったとして……。

ここでようやく、「作ってよし!」と承認がおります。
いよいよ正式始動です。


「新しい企画が通り、チームが立ち上がったんだ」と、
みんなに知れ渡り、やっとここで一介の開発者さんも、
開発に参加するチャンスが巡ってきます。

そして、人の取り合い合戦が始まるわけです。

新チームに、はじめに声がかかる開発者というのは、
やはり優秀な人というイメージがあります。

しかし実際は優秀だとしても、
すぐにチームに呼ばれるかどうかはわからないのです。

まず、自分が組んだことのある人じゃないと、
評判通りの能力がある人なのかわからないから、
というのがあります。

開発者の能力というのは、
開発者同士ですら把握しにくいものなのです。
そのため、知っている人同士の方が組みやすく、
呼ばれやすくなります。

それから、これは意外かもしれませんが、
「この人はなにを作れる?」という職人的な技術よりも、
穏やかだったり、気立ての良さだったりという、
人柄が買われることがあります。

RPGは、大量の物量を
長い期間かけて作り込んで組み上げるものです。
二年間近く、もしくはもっと長い時間、
そのチームで戦っていくわけですから、仲間として、
気持ちいい人に入って欲しいものなんです。

もし、現在、開発者を目指している方で、
自分がこれという絵が描けないとか、
一流のプログラマーにはなれそうにないとか、
そういうところで、モヤモヤしている方がいるなら、
それは杞憂ではないかなと思います。

今はフリーで活躍する開発者さんや、あるいは、
部分部分を請け負って開発をしてらっしゃる
専門性の高い会社さんもあります。
専門性という部分が、外に出ているのです。

なので必ずしも、みんながみんな、
専門性が高い職人でなければならない、
というわけではありません。

職人さんたちの間を取り持ったり、
職人さんの出すものの品質や、職人さん自身のテンションを
コントロールしたりという、
編集やマネージャー能力が高いひとも大切になっています。

それと大量のデータを、さばく人たちも非常に重要です。
力技で、でも品質も維持して、ものすごい量を作り出す人がいます。
そういう人が、大きな戦力になります。

こういうタイプの方々を『データパンチャー』と言うこともありますが、
よく間違われているのが、こういうひとたちは手足だという考えです。

データを作る方々は、手足ではなく、頭脳です。
武器のデータひとつとっても、バランスというものがありますから、
大量に作っていくものはすべて、全体を見て、関連性を見て、
これぞというものを差し込んでいかねばなりません。

ゲームが理解できていて、視野が広く、
しかもその担当箇所について熟知していなければ、
そんな大量のデータを安心しては任せられません。

たくさんの要素が複雑に絡みあうRPG開発において、
「これやっといて」の一言で、
期待したもの以上のクオリティの成果物を、
納期に間に合わせられる人というのは、
やはり一種の天才です。

センスがある、論理がある。
しかも、同時並行して様々な物事を破綻なく進められる。
そういう器用でパワフルな方でなければ、
大量のデータを任せることなどできません。

そして、そういう人にアウトプットの末端を
コントロールしてもらわないことには、
作業の質も、作品の質も低下していく一方なのです。

職人ではない=管理職に向く、ではないように、
人を管理できる人、現場で物量を任せられる人、
そういうタイプの人々は、これこれこういう人……、
というのをゲームに関わる人は、
そろそろ明確にしないといけないと思います。

そんなわけで、開発チームが発足して、
人狩りやスカウトや、情け容赦ない人事異動が始まって、
ベテランさん、職人さん、人の管理に長けた人や、
大量の物量をさばける百人力のデータパンチャーさん、
などが召喚されてきます。

そうして、今度のゲームはなにするんだ?
なにが果たされればゴールなのか?、
それって面白いのか?、などなどを話しあい、
時にぶつかりあいながら、作品を叩き上げていくことになります。

ここから先の開発の流れは、
また機会があれば、お話ししたいと思います。





(7)さいごに、開発の矛盾と未来について

駆け足ですが、
ゲームの始まりの一歩からチーム発足まで、
お話してきました。

ゲーム開発と聞いて思い描いていたものと、
少し違う部分があるのではないかと思います。

特に、ゲームを作ってお金を頂いている会社なのに、
ゲームの面白さを純粋に追求できない、
そんな場面があるところなどが、
意外だったのではないかと思います。

ゲームなんだから、ゲームを面白く。
これではダメなのでしょうか?
なにか、モヤモヤとしたものがありますよね。

それで、最後にそのへんに触れておこうと思います。

ゲーム好きな方が思い描いているゲーム作りの開発現場というのは、
ゲームの面白さを追求していき、それに対して、
どこかがジャッジをして、よし、これでいこう!、
こんな流れではないかと思います。

なぜ、これができないのかというと、
「(1)ゲームは誰から始まるか?」でお話したとおり、
ゲームの始まりが「面白いゲームを作ろう!」ではないからです。
一定時期にゲームを作らなければ会社が維持できません。
そこが大きな問題なわけです。

会社である以上、それは当然といえば当然です。
でも少し、角度を変えて考えてみます。

ある食品メーカーさんのお話です。
とある新しい食品開発に数年を要し、
途中、何度も「この開発チームは終わりかも」、
と思ったこともあったそうです。

新商品開発というのは、何年もかけて取り組むことである。
しかし、その結果が必ず商品になる、というわけではない。

つまり、そちらのメーカーさんは、
無駄になるかも知れない研究時間を、
実に数年間も取っているのです。

新商品の開発には充分な研究が必要で、
その研究の末、やっと新しくやろうとしていることが、
新商品に相応しいかどうか見えてくるのです。

研究なくして、新しい物が作れないという姿勢ですね。

では、ゲーム開発の場合を振り返ってみます。

ゲーム開発では、開発チームが本格始動となった時点で、
それはもう、よほどのことがないかぎり商品化決定となります。

つまり、開発時間=研究時間、ではないのです。

ゲームの場合は、
開発時間=完成品となる製品版の制作時間、です。
研究時間というのは事実上、ほぼ計上されていません。

部分部分を研究はしますが、そのすぐ隣では、
製品版をノンストップで作っていってるようなものなのです。

そういった意味では、開発チームは、イコール、
即、完成品制作にとりかかる制作チームともいえます。

ここが一番、苦しいところだと思います。
矛盾がある所でもあります。
簡単に解決できないところです。

「研究は小チームの間にすればいい」という方もいますが、
期間は大変短く、バックアップ体制がありません。

開発室とは別に、
研究部門を抱えておられる会社さんもありますが、
まだ一般的ではないように見受けられます。

開発研究部門や開発研究機関が設けられないことで、
ゲーム作りの経験値が企業やチームに蓄積されず、
個人にしか貯まらない、そういう面もあります。

そして、充分な研究時間が取れないことが、
開発現場にめまぐるしいクラッシュ&ビルドをさせてしまいます。
結果、開発の混乱や遅延を生んでしまうこともあるのです。

研究しながら開発していること。
作るべきものを探り試しながらも、もう完成品を作らねばならない。
大いなる矛盾です。

かたわらで台本を書きながら、役者さんを探しているのに、
もうカメラは回っていて映画を撮影し始めてる……、
というような、そんな混乱があります。

この部分がもうちょっと、どうにかなってくれると、
良いなあと思っています。

たとえば、
研究して「これは面白い!」というものがあれば、
「こう作ればいい」というところまで探っておいて、
それをストックしておく。

そして、会社を維持するために売るものを作らねばならない
その時になって、ストックしていたものを再検討し、
今の時流のものに多少アレンジして、順に開発していく……。
とか、そういうことかなあ、なんて思っています。

また、今は開発会社のあり方も変わってきていて、
まるまる全てを自社開発する、というスタイルだけでは、
なくなりました。

多くの作品が、外部の企業や
フリーのスタッフと協力して作っています。

部分的に受注する会社は、任された部分の品質管理と、
それを納品するまでのスケジュール管理をします。
一時期、肥大化してしまった開発が、
コンパクトに切り分けられたような感じです。

企業体力は弱くなったかも知れませんが、
贅肉をそぎ落としたように、小回りがきくようになったとも言えます。
オールマイティーな開発者も姿を消しましたが、
その分、部分職人たちの専門性が強くなりました。

複数企業や組織の共同開発。
そうなると、絶え間ないクラッシュ&ビルドではなく、
はっきりと「これを創る!」というものに向けた
協力体制になっていきます。

もしかしたら、こういった面からも、
面白いと思われるゲーム性の検証やアイデアの具現化は、
必須になってくるかもしれません。

開発もナマモノです。
生きた人間が創り上げる場所ですから、日々変わります。
私がお話ししたようなことだけではなく、
もっともっと新しい変化が起きるかも知れません。

これからゲーム業界に入るみなさんや、
あるいは今、若手で頑張ってらっしゃる方々が、
面白いと思う方向に、少しずつ舵を切っていくのだと思います。
若い方の作られる新しい開発を、私は楽しみにしています。



色々お話ししましたが、
これは私の経験から来る、私の思いですので、
違う考え方、作り方、様々にあると思っています。

以上、新しいゲーム企画の始まりから、
企画書作り、小チーム、本チーム発足の流れでした。

最後までおつきあい頂き、ありがとうございました。

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2012年4月 7日 (土)

お仕事拝見!ゲーム開発の流れ(1)

みなさんは、お父さまやお母さまの働く職場に
見学に行ったことはありますか?

私は、すごく行きたかったんです。
父が、宇宙開発の現場の人だったので、
その仕事を見てみたかったんです。

子供心に、宇宙は憧れであり恐怖でした。

見渡すかぎり、吸い込まれそうな夜の闇が
どこまでも続いていて、
足元もおぼつかない無重力の空間で、
遠く離れた地球と連携して様々な作業を
やっていくなんて。

なにもかもが未知の世界です。
そんな凄いことに、
一体どんなチームで、どうやって挑んでるのかな?って、
興味津々でした。

結局、職場見学の夢は叶わなかったのですが、
後にSFゲームのために、
宇宙開発関係の方々にお話を聞く機会をいただけました。
そのゲームは残念ながらゴーサインが出なかったんですが、
良い思い出になっています。

というわけで今回は、
ゲーム開発現場の見学会みたいなことが
出来たらと思ってます。

企画が立ち上がるゲーム開発の始まりから、
このメンバーで作っていくぞ!という、チームの発足まで。

大ざっぱではありますが、
会社としてのゲーム開発の流れがわかると思います。

RPG開発中心の話になりますので、偏りはあると思いますが、
「そういう開発もあるんだなあ」という気持ちで、
見学して頂ければと思います。

少々長くなってしまうかもしれませんが、
全二回に分けてまとめていこうと思います。

※この記事は、
  ツイキャスで放送したもの(2012年3月29日放送分)を
  ベースに文章化したものになります。
  音声がよい方は、こちらをご利用下さい。
  ・3月のツイキャス(前編)
  ・3月のツイキャス(後編)




(1)ゲームは誰からはじまるか?

みなさんは、ゲーム開発ってどう始まるか、わかりますか?

チームのボスみたいな有名クリエータさんとかベテランさんとかが、
「俺、ひらめいた!」みたいなことで、自由にはじめる感じがしませんか?

私は、てっきりそうだと思っていました。
天才肌の人が、急にアイデアを思いついて立ち上げるような。

もしくは、すでにあるシリーズを大切に守っていく。
そのために、ずっと定期的にそのシリーズを作り続けているような。

前者は、新しいゲーム。
後者は、既存のゲームの継続です。
閃きがない限りは、シリーズもので安定して作ってるのかな?
って思っていました。

いずれにせよ中心人物となる有名クリエータさんやベテランさんたちが、
自分達の裁量で企画を立ち上げてやっている、そんな感じです。

そういう場合もあるとは思います。
でも、厳密には、違う事の方が多いんです。

ゲームを作ろうと言い出すのは別なポジションの人です。
では、その言い出しっぺがどういう方かわかるでしょうか?




正解は、経営者さんです。
経営サイドの人たちですね。

意外かもしれませんが、開発者さんではないんです。

「そろそろ開発にかからないと、
 売る商品がないので来期が大変だぞ」

みたいな。
そういった流れで、
「さあ、ゲームの企画を立ち上げよう!」となるんです。

ゲームを商品として捉えています。
会社を維持していくものとしての、ゲーム開発です。
まさに経営からの目線ですよね。

これが新しい企画を、新しい商品を作ろうという、
その最初のアクションになります。

会社としてあるのですから、
当たり前と言えば当たり前なのですが……、

種を蒔いて、育てて、収穫して、収穫物を売ってお金にして、
そのお金で、また種を蒔いて育ててと、
そういうサイクルで、ゲーム会社も動いています。

一介の開発者からすると、ちょっと雲の上の話ですが、
ゲームの企画のはじめの一歩は、経営から始まるのです。




(2)ゲームは誰が考えるのか?

ゲームの第一歩は、「作って良し!」といような、
そんな天の声が経営サイドから
聞こえてくるところから始まりました。

そして、いよいよゲームの中味の話になります。
「どんなものを作ろう?」ということを決めていきます。

では、このゲームの中味って、誰が考えるのでしょうか?

ここから一般の開発者さんも参加して、
チームになって、色々アイデアを出していくような
そんなイメージもあります。

ですが、この段階ではチームは作られません。
なので、まだまだ雲の上の話になります。

「新しいゲームの企画を立ち上げよう!」という天の声。
まず、この声が聞こえる人と、聞こえない人とがいるのです。

ほとんどの場合、企画の募集は密かにされたりします。
もしくは企画書を書ける資格がある人というのが、限られています。

いずれにせよ新しいゲームの企画を、
全社員から平等に募る、ということはたいへん稀です。

その理由は様々でしょうが、
「そろそろ売る物がなくなるから、新しいゲームを作ろう」
という流れが、やはりあるのではないかと思います。

つまり、余裕があるわけではないのです。
いついつまでに売らないと、これくらいのお金にしないとと、
そういうハードルがあるんですね。

即商品となって即売れる、
つまりお金になって会社を維持できる、
そういう企画が欲しいということになってきます。

広く企画を募集しない理由のひとつは、
ここにあると思います。

それで、こうした、
新規ゲームを立ち上げていいとの情報をキャッチできる人、
またその情報をキャッチした上で、
企画発表の場所に応募する資格がある人は、
相当に限られます。

つまり、それが(1)で少しお話しした、
有名クリエータや、ベテラン開発者さんなわけです。
この人たちが中心人物となっていきます。

ゲームは誰が考えるか?
それは多くの場合、実績のある開発者に限られます。





(3)企画書ってどんなもの?

天の声が聞こえ、
ベテラン開発者さんたちがゲームを考えることになりました。

ここで書かれるのが、『企画書』というものです。
こういうゲームを作りたい、これを作らせて欲しい、って
アピールする資料です。

アピールする、ということ。
これがなかなか難しいことになります。

どう難しいのかお話する前に、
まずは、ざっくりと企画書の内容を説明しますね。

企画書の書き方は様々ですが、
大抵はじめの方のページで、ゲームの概要を伝えます。

どんなジャンルなのか?、ハードはなにか?、
ひとり用か、二人用か?、何人で遊ぶのか?、
ターゲット層はどこか?、などなどです。

次に、ゲームの一部分にズームします。
このゲームならではの遊び方、この作品でしか味わえない面白さ。
そういった「売り」の部分を、しっかり伝えます。

そして、今度は引いて、ゲームの全体像を見せます。
どういう流れで、ゲームが進んでいくのかを紹介します。

ユーザーがどんな情報を得て、
何を基準に決断し、そこでどういった違いが現れ、
その結果、どんな遊びが繰り返されて、
あるいは、積み重ねられていくのか?

そういうものがわかるように、フローなどをつけます。

また、説明図の他にも、ゲームの魅力となる、
キャラクターやマップ、アイテムのイラストも
挿入する場合もあります。

でもその他にも、社内で企画を通すためには、
重要な要素がひとつあります。
アピールしなければならない要素です。

この要素は、おそらく学生さんが
ゲーム業界に就職する時に作る企画書にはない要素です。

それがなんだかわかるでしょうか?

ヒントは、企画書をアピールする先の人たちです。
この企画書を判断するのは、会社のお金を管理してる人たち、
経営側の方々です。




正解は……。
「このタイトルが、どう宣伝できるか?」です。

「どう宣伝できるのか?」は、つまり「どう売っていけるのか?」です。
これをまったく気にしない企画書というのは、なかなかないです。

たとえばですが、開発内に有名な方がいて、
そのお名前だけで宣伝効果が期待できる、
などの宣伝材料が揃っていれば、
あえて宣伝について触れない場合もあるかも知れません。

でも、そうでない場合の企画書では、
宣伝の仕方、「どうユーザーさんに知って貰えるのか?」
というこの部分が、とても大切な要素になります。

なぜかというと、
今は、情報が溢れに溢れているからです。

個人が収集出来る情報、処理できる情報を、
はるかに越えた情報が毎秒飛び交っています。

そんな情報の大洪水の中で、
「新しいものをどう宣伝して行くのか?」ということは、
とても難しい課題です。

どんなに良いものを作って発売しても、
宣伝がうまく行かなければ、その存在を知り得ません。
購入するかどうか、その検討すらしてもらえないのです。

でもそれは逆に言うと、知って貰えさえすれば、
それだけで、買って貰うチャンスが増えるとも言えるのです。

だからでしょうけれど、
「ゲームの面白さは二の次だ!」「今は宣伝だ!」と、
はっきりおっしゃる方もいらっしゃいます。

それくらいに宣伝というものには、
クリエイティブなアイデアが必要とされています。
宣伝自体が、商品の魅力のひとつなのです。

そこで企画書も、そうした面をはっきりアピールします。

ゲームの良さが後回しにされてしまうことがある……。
それよりも宣伝計画、宣伝材料がはっきりしていることが、
重要になる場合もある。

ここが、学生さんが就職の為に作られる企画書と違う点です。
商業でのゲームの企画というのは、非情にシビアです。

しかし、ゲーム開発会社なのですから、
経営陣に、開発出身の方がいらっしゃることもあります。
そういう時には、ゲーム性で好感触となる場合もあります。

でも全員が全員、元開発者ということがあったとしても、
その立場は、お金を管理する経営者ですから、
開発者寄りの意見だけで物事を進めるわけにも行かないのです。

面白い=だから売れる、とは限らない。
この難しさがあります。
ゲームに限らず、新規商品の怖いところです。

宣伝以外にも、プロの企画書には書かれる要素があります。

開発期間、必要な開発者の人数などです。
つまり、開発にかかるコストを予想できるような資料です。

どういうことかというと、
「今の会社の状況で開発可能だ」と思わせるためのものです。
夢のようなことを言っても仕方ないので、
宣伝に続いて、ここも現実的なものとなります。

開発内部の企画書というのは、このように、
純粋にゲーム性やその楽しさだけでは判断されません。

他社のタイトルの売り上げを引き合いに出したりして、
あれの人気を取ってこれる、あれに乗っかれる、
そういうところをくすぐっていって、
「これだけ売れるんだ」とイメージさせる場合もあります。

最終的には、
「開発した方がお得なんだ」というところまで、
持っていきたいのです。

これが企画書に書かれる要素です。

面白いゲームだという説明があり、
さらに「作れるんだ、儲かるんだ、お得なんだ」と畳み掛けます。
企画書づくりは、経営サイドとのバトルとも言えます。
経営サイドの弱点をつくように企画書の攻撃力を高め、
企画を通していくことになります。


少し脱線します。

こういった商品目線で進んでしまう形が、
良いか悪いかは置いておいて……。

ゲームのアイデアだけでは突破できない時。
お財布を握る人たちに、どうやったら勝機ありと思わせられるか?
そこが肝心なとなってくると、どうなるかというと……。

「それなら、過去発売したあのタイトルにしちゃえば?」
って、そんなふうな、囁きがどこからか聞こえてくる場合もあるのです。
タイトルを冠してさえいれば、中味は多少変えてもいいよ、と。

こういうことが、「シリーズ物を乱発して!」なんて、
ユーザーさんに叱られちゃうことに繋がるのかもしれません。

けして開発者が、「なんでもかんでもシリーズ物でいいや」
と言っているわけではないと思います。

なんとなく、シリーズに頼ってしまうからくり。
タイトルのみ残して開発者は総取っ替えしちゃうようなからくり。
そういうものが、透けて見えてきたかと思います。

でも、会社の資産としては、シリーズを守るのは意味があります。
継続は力ですから、シリーズというのは、誇りでもあります。

面白さだけに賭けるような開発体制ではないことや、
シリーズ物を作りがちな環境には、賛否両論あるとは思います。

商品としてのゲーム、作品としてのゲーム。
それが、経営者開発者をまき込んで、せめぎ合っています。
ゲームの誕生、企画の立ち上げには、そんな背景があるんです。




今回は、経営サイドの一声から始まる開発の話から、
開発内で作られている企画書について触れました。

次回は、「開発チーム」について、その成り立ちなどを
お話しさせていただこうと思います。

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2012年4月 1日 (日)

夫婦レベル17

主人とFacebookの話になった時のこと。

「美和さんは、Facebookやらないの?」

「楽しそうだなとは思うんだけど、使い方が……」

「そうだねえ。mixiと、あまりかわらないものねえ」

「いや、それもそうなんだけど。
 Twitterもブログもやってるのに、
 この上Facebookまでしながら、ゲーム作りしてたら、
 私の人生って、
 ほぼ架空世界で過ぎ去っていくのでは?って……」

「なにを今更(笑)」

なに、今の笑いは!?
私、現実エンジョイしてるよ!?
締め切りに追われながらだけど!!
追われてはいるけれども!!

「俺のFacebook見せてあげるよ。
 ほら、こうやってプロフィールが公開されるんだ。
 世界中の8億人以上の人が使ってるんだって」

「へえ~、すごいね。
 って、…………………………おい」

「え? なに、怖い顔して」


なんで恋愛対象、

 男性ってなってるんです?


「な、なにいっ!? どどどど、どうして!?
 っていうか、これ一年前にとったアカウントだぞ!!」

あなた!


私というものがありながら


8億人にナニ公開してるんです!?

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