文通
今日は雨ですが、郵便局まで足を伸ばしました。
大切なお手紙を届けるために。
今、お手紙をやりとりする方がいます。
90歳のご夫人です。
きっかけは、我が子の七五三の時でした。
実家に帰ると、小さな愛らしいお着物が飾ってありました。
早春の空気を思わせる淡いブルーと、薄く色づく桜のピンク。
一目見て、今の時代の物ではないだろうなとわかる、
繊細で可憐なお着物でした。
母に尋ねると、それは今から数十年前、
私の三歳の時、さるご夫人が手ずから縫い上げ、
染め上げて下さったものでした。
その方は、父の育ての親にゆかりの方で、
私から見れば、祖母の代に近い方でした。
すべてが、はじめて知る話ばかりでした。
私は急いで、自分の記憶と照らし合わせました。
お名前だけ、かろうじて覚えているご夫人が、
そのゆかりの方の娘さんだとわかりました。
手紙を書こう!、そう思いました。
私の元に、お母さまの縫って下さったお着物があること――。
それを、お知らせしたい。
いや、お知らせしなければならない。
そんな気がしたのです。
しかし、娘さんとはいえ、その方ももう90歳を越えられています。
返事はないものと思い、催促などしないこと。
目の負担にならないように、大きな文字で書くこと。
誰かに読んでもらうことになった場合に備え、
優しくて、わかりやすい内容にすること。
そんな助言を年配者からいくつもいただいて、
何度も書き直しての、ポスト投函でした。
ところが一週間後――。
期待しないよう努めていたお返事が、届いたのです!
流れるような美しい文字で、写真への感謝と、
そして、私の七五三のお着物を作って下さった
お母さまの思い出が綴られておりました。
お母さまは、とても社交的で魅力的な女性だったそうです。
新しいもの、楽しいものを見つけると、
有名な先生方に弟子入りしたり、有名な教室まで通い詰めて、
学んでいたそうです。
編み物、声楽、ダンスやモデル――。
真っ白な便せんの上には、様々なものにチャレンジする
お母さまの姿が、生き生きと描かれていました。
明治から大正時代と言いますと、
女性の自由が、今よりも制限されていた、との印象があります。
そんな中、好奇心に導かれ、
上流階級を、時代の流れを、古いしきたりを――、
軽やかに駆け抜け、鮮やかに飛び越えていく。
そんなお母様の姿は、まるで、ドラマの中のヒロインです。
時を越えて、エールを送られているようでした。
今日は、そのお返事を出しに行きました。
あまりうまくは書けなかったのですが、私の仕事のことなど綴りました。
人生は別れの連続だけれど、だからこそ、
間に合わせたいと思うのです。
その時に――。その言葉を、言いたいのです。
ありがとうと。
そうして、その言葉が届けば、確かに返ってくるのです。
ありがとうと。
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