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2012年3月17日 (土)

文通

今日は雨ですが、郵便局まで足を伸ばしました。
大切なお手紙を届けるために。

今、お手紙をやりとりする方がいます。
90歳のご夫人です。


きっかけは、我が子の七五三の時でした。
実家に帰ると、小さな愛らしいお着物が飾ってありました。

早春の空気を思わせる淡いブルーと、薄く色づく桜のピンク。
一目見て、今の時代の物ではないだろうなとわかる、
繊細で可憐なお着物でした。

母に尋ねると、それは今から数十年前、
私の三歳の時、さるご夫人が手ずから縫い上げ、
染め上げて下さったものでした。

その方は、父の育ての親にゆかりの方で、
私から見れば、祖母の代に近い方でした。


すべてが、はじめて知る話ばかりでした。
私は急いで、自分の記憶と照らし合わせました。
お名前だけ、かろうじて覚えているご夫人が、
そのゆかりの方の娘さんだとわかりました。


手紙を書こう!、そう思いました。
私の元に、お母さまの縫って下さったお着物があること――。
それを、お知らせしたい。
いや、お知らせしなければならない。
そんな気がしたのです。


しかし、娘さんとはいえ、その方ももう90歳を越えられています。

返事はないものと思い、催促などしないこと。
目の負担にならないように、大きな文字で書くこと。
誰かに読んでもらうことになった場合に備え、
優しくて、わかりやすい内容にすること。

そんな助言を年配者からいくつもいただいて、
何度も書き直しての、ポスト投函でした。


ところが一週間後――。
期待しないよう努めていたお返事が、届いたのです!

流れるような美しい文字で、写真への感謝と、
そして、私の七五三のお着物を作って下さった
お母さまの思い出が綴られておりました。


お母さまは、とても社交的で魅力的な女性だったそうです。
新しいもの、楽しいものを見つけると、
有名な先生方に弟子入りしたり、有名な教室まで通い詰めて、
学んでいたそうです。

編み物、声楽、ダンスやモデル――。
真っ白な便せんの上には、様々なものにチャレンジする
お母さまの姿が、生き生きと描かれていました。


明治から大正時代と言いますと、
女性の自由が、今よりも制限されていた、との印象があります。

そんな中、好奇心に導かれ、
上流階級を、時代の流れを、古いしきたりを――、
軽やかに駆け抜け、鮮やかに飛び越えていく。
そんなお母様の姿は、まるで、ドラマの中のヒロインです。


時を越えて、エールを送られているようでした。

今日は、そのお返事を出しに行きました。
あまりうまくは書けなかったのですが、私の仕事のことなど綴りました。


人生は別れの連続だけれど、だからこそ、
間に合わせたいと思うのです。

その時に――。その言葉を、言いたいのです。
ありがとうと。

そうして、その言葉が届けば、確かに返ってくるのです。
ありがとうと。

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