生きる覚悟
我が子の誕生日に、お義母さまが来てくださった。
「クラスの半分位の子は疎開していなくなったんだー」
「授業は体育館でやってる。入学式は廊下で……。
入学式が出来なかった学校もあるよ」
「新しい学年にあがったのに、その実感がないんだって、
子どもたちが、もらしていたよ」
「町はゴーストタウンみたいだー」
「町では笑わないようにしているって人もいるよ。
家族も家も、何もかも失った人がいるんだもの。
逃げたくても逃げようがない人がいるんだもの。
どんな精神状態か……」
子どもがお昼寝して、おとなたちだけになったとき。
お義母さまから、その「声」が聞こえてくる。
現地の人々が発したという、その「声」が――。
悲しいばかり、悔しいばかりだ。
己の非力さに歯噛みしながらも、
なんでもお話ししてくださいね、と言うと、
お義母さまは首を振った。
「今は、なにも話したくない。自分のことは、なあんにも――。
なあんにもだ――」
お義母さまの語り口調は、福島の方言だ。
いつも素朴で優しさに満ちていた。
その優しい声が、
ご自分の言葉で語れなくなる日が来るなんて――、
私は思いもしなかった。
「もう、みんな、いつ死ぬかわからないんだ。
いつ、(命が)ダメになるかわからないんだ。
でも、負けはしないぞ。
私はな、大好きな場所で、あの家で、生きてくっから」
それがお義母さんから聞こえてきた、
お義母さんを語る、唯一の言葉だった。
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