サガ・フロンティア~アセルス編~回顧録・その2
前回の「サガ・フロンティア~アセルス編~回顧録・その1」に
引き続き、アセルス編について昔語りをしたいと思います。
(3)夢から始まる物語
触れるもの全てが輝いていた新人時代。
憧れの開発現場で、さらに嬉しいチャンスが巡ってきます。
サガフロはなんでもアリの世界で、
複数主人公による物語が並行して進む――、
とのお題が出され、プランナーはみんな
それぞれに主人公を考えることになったのです。
ここで私は、
妖魔の世界を舞台にとある少女が戦っていく物語、
アセルス編を提案することになります。
アセルス編は、
私が学生時代に見た夢をもとにしています。
馬車に轢かれたところを、
不思議な青年に助けられたのです。
彼はひと目で、人間ではないとわかる存在でした。
筆舌しがたい圧倒的な美しさを湛えた人です。
後に小林智美先生の描く妖魔たちを拝見して、
「ああ、こういう感じだった!」と感動しました。
小林先生はもしかしたら、妖魔の世界や妖魔たちを
ご存知なのかもしれません。
ところで、夢の中に出てきた青年ですが、
彼は私を轢いたことをさして気にした様子もなく、
私に自分の血をわけ与えました。
彼の血を受けて、死に瀕していた私の体は蘇りました。
この不思議な青年が、
後にオルロワージュ様、と命名させていただく
妖魔の君のモデルとなる方です。
ちなみにオルロワージュ様の名前は、
私が考えたオリジナルのものです。
「ネーミングセンスだけは残念な生田さん」と
語り継がれるように、
私の命名センスは酷いらしい(?)ですが、
何故か、オルロワージュ様の名前だけは
素晴らしい名前だと褒められます。
血を分け与えられる夢といい、
この名前といい、不思議なことはあるものです。
私はそこに、人間の想像力の限界を超えた、
なにか大きな力を感じてしまうのです。
(4)アセルスの生まれた背景
夢をもとに提案したアセルス編がOKとなった後、
妖魔世界をゲーム化するため、
物語に肉付けをしていくことになりました。
アセルス編のあの独特の物語が生まれた理由を語るには、
まず、開発当時の時代背景をお伝えしなければなりません。
私がゲーム業界に就職した当時は、
女性の社会進出が当たり前になってきた時代であり、
また、就職氷河期の始まりでもありました。
かつての女性には、好きな人のもとに嫁ぎ、
いいお嫁さんになって、子供を産んで……
という絶対的なゴールがありました。
私が子供の頃は、お嫁にいくからお勉強はしない、
という女の子たちがいたくらいです。
しかし、そんな「女性の幸せ=結婚」、
という意味が、この時代には薄れていました。
家庭だけではなく、
社会にも居場所を作らねばならない女性たちにとって、
恋愛や、その先にある結婚だけが、
目指すべきゴールではなくなってしまったのです。
そして、男の子が自我に目覚め、父という絶対的な掟に抗い、
やがて子供として守られていた家を離れて、
社会に自分なりの居場所を作って大人になっていくように、
この不況の時代は、女の子たちが
そうした父親越えをしなければならなかったのです。
また一方で、
男の子の遊びだったゲーム文化が社会に浸透し、
女の子もゲームを遊ぶようにもなっていました。
少し話が脱線しますが……
ロマサガ3のキャラ宛に、
女性ファンからバレンタインのチョコが来た、
という事実を目の当たりにしてしまった私は、
女の子からチョコを贈られるヒロインを
産み出そうと、密かに心に誓っていました。
男女の役割や境界が曖昧になってきた時代に、
ピンチの女の子を助けに来るのは、
男の子ではないのだと私は思いました。
恋愛はもう、女の子を助けるものではない。
これからの女の子たちはたぶん、
自分で自分を助けなければいけない――。
そこで私は、この時代を生きる女の子が共感できる、
女の子のための物語をやろうと思いました。
それが、女の子による父親超えの物語です。
私が、女の子主人公による父親越えなどという、
ある意味、非常にニッチな物語を提案できたのには、
サガフロが複数の主人公を選べるゲームであることが
少なからず関わっています。
「王道のものは他でやるから、
生田さんは生田さんにしか出来ないものをすべきだ」
と先輩方からの助言を受けて、
こうした思い切った物語が提案できたのです。
ちなみに、
開発への食べ物の差し入れが禁止され、
アセルス宛のチョコはもらえませんでした。
これだけは、今でもちょっと残念に思っています。
(5)現代を切り取った妖魔社会
そんなわけで、
父親越えを真っ向からやる気になった私は、
新しく設定する妖魔の世界観に、
様々なメッセージを織り込んでいきました。
オルロワージュ様は、世界の掟、
乗り越えねばならない父性の象徴として描きました。
彼の庇護に甘んじていれば、なにも恐れることはありません。
しかし、人間であったアセルスは、妖魔社会に馴染めず、
自分を縛る掟があること、それ自体に反発していきます。
それは、これが気に入らない、だからこう変えて欲しい、
というような調整ではないのです。
また元々普通の少女に過ぎなかったアセルスには、
オルロワージュ様と闘う理由もありません。
世界の宿命も背負っていなければ、
自分の助けを待つような姫君もいません。
なにせ、アセルス自身が
助けを待つ姫君のポジションに居るのです。
交渉する理由もない。戦う理由もない。
そして助けを待っていても、誰も来る当てがない。
だからアセルスの冒険は、逃げることから始まるのです。
それは、学校帰り、町を流離い、
なかなか家に帰りたがらない少女たちの姿にも似ています。
学校や家庭――。
それぞれのコミュニティに属しながらも、
本当の自分の居場所なんかどこにもない――。
アセルスには、
そんな子供と大人の狭間にある不安定な時期の
少女たちの雰囲気が漂っています。
アセルスが拒み、逃げ出したのは、
絶対的な父権が存在する家であり、
その父権が及ぶ社会そのものなのです。
一方、寵姫たちの設定には、
好きな男性のもとに嫁ぐことが現代の女性にとって、
絶対のゴールではないことを滲ませるようにしました。
白薔薇姫をはじめとする寵姫たちは
オルロワージュ様に望まれ、召されながらも、
どこか影を背負っています。
多くの寵姫たちは硝子の棺に閉じ込められたまま
眠りについています。
白薔薇姫は、
オルロワージュ様に反発するだけのアセルスを
危ういと思いながらも応援し、しかし一方では
オルロワージュ様の掟に逆らいきれずにいます。
白薔薇姫は、子供と夫との間で揺れ動き、
自分の身を犠牲にしてしまう――、
そんな心優しい母性のキャラです。
金獅子姫は寵姫という立場だけでなく、
黒騎士も顔負けの妖魔の騎士として、
針の城では特別な地位を保っています。
夫婦でありながらビジネスパートナーでもある、
そんな立ち位置です。
零姫はオルロワージュ様の呪縛から逃れた自由人です。
彼女はその美貌ゆえ、拠り所とする場所を次々に失い、
世界を彷徨う運命にありますが、絶対にへこたれません。
離婚しても逞しく生きている女性といったところでしょうか。
金獅子姫や零姫のエピソードは
残念ながら削られてしまいましたが、彼女たちの性格は、
それぞれの女性の生き方が反映されたものとなっています。
(6)妖魔誕生秘話
ここで少し物語から離れて、
バトルキャラとしてのアセルス誕生についての
忘れられないエピソードを話したいと思います。
アセルスのキャラを考えていた時、
バトル班のリーダーである、とある先輩から
妖魔種族のバトル設計プランを頂きました。
バトルがあるゲームにおいて、
バトルの設計というのは極めて重要な仕事です。
バトルは、ユーザーが思うがままに自分の腕を試せる、
自由度の高い遊びの場です。
そのため、バトルへのユーザーの関心は高く、
バトル班は、シリーズやタイトルごとに工夫を凝らし、
様々なバトルシステムを考案しています。
そんなユーザーの期待の高いバトルパートで、
妖魔という新しい種族をどのように表現し、
どのような遊びとしてユーザーに開放していくのか?
それは、妖魔社会を舞台とするアセルス編にとって、
非常に大きな要素でした。
しかし、妖魔などという種族は
これまでのロマサガには存在せず、
私がアセルス編を提案するまでは、
誰も必要だとは思っていなかったものです。
当然、バトルの設計には、
人間とモンスターとメカ種族はいたものの、
妖魔などという種族は存在していませんでした。
ところがバトルプランナーの先輩は、
「モンスター種族で、敵モンスターの能力を吸収して、
姿が変わるっていうのをやるから、
そこを応用すれば妖魔種族の特徴が描けると思うんだ」
と、なんとモンスター種族のバトル設計を流用し、
妖魔種族の設計をしてしまったのです!
そしてさらに、
「アセルスは半妖だから、
妖魔種族と人間のアイノコとして設計するね」
と、バトルキャラとしてのアセルスの設計まで
してくださったのです。
それまで存在しなかった妖魔たちを世界に息づかせ、
さらに人と妖魔の間で揺れ動く半妖としてのアセルスを
バトルを通して描いていく――。
それは、設定やイベントの中でしか語られなかった
種族としての妖魔と半妖としてのアセルスを
『ユーザーが体験できる遊び』に変えていただいた瞬間でした。
先輩の華麗なバトルの設計によって、
アセルスや妖魔たちは命を吹き込まれたのです。
たかが新人の考えた物語と世界観に、
力を貸してくださった先輩の姿に、私は胸を打たれました。
そして、ゲームというものが、
いかに多くの要素が絡み合ってキャラクターやドラマを
物語っていくのかということを実感しました。
持ってる武器が違うとか、使える魔法の系統が違うとか、
そんなものだけでは、なにも息づかせることはできない――。
ゲーム作りが縦割り作業になってしまって、
作業効率や、売れた物をなぞることにばかりに
気を取られてしまう昨今、
「面白いと信じたものはとことん作っていこう!」
そんなゲーム愛に満ち溢れたあの現場にいられたことに、
そしてそこで、尊敬する先輩方の力を借りて、
アセルス編を描けたことに、私は今でも感謝しているのです。
サガ・フロンティア~アセルス編~回顧録・その3につづく