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2010年5月29日 (土)

RPGゲームシナリオライターのつぶやき

twitterでゲームシナリオライターのお仕事について、
多くの方が興味を持っていらっしゃることがわかりました。

そこでこの機会に、
私が長年携わっているRPGゲームシナリオライターというお仕事を
私が経験した開発体制の歴史と絡めながら
お話してみようと思います。

ちなみに、ここからお話するのは
RPGゲームシナリオライターについてのみです。
ビジュアルノベルを筆頭とした
ADV、恋愛SLG、RPG要素の無いACT、
その他様々なジャンルのゲームシナリオは
RPGゲームとは全く別のスキルが要求されると考えておりますので、
ここでは分けて読んでいただければ幸いです。


(1)RPGゲームにシナリオライターなんて必要ない!

FCやSFCの時代、RPG開発現場には、
シナリオライターなんて存在していませんでした。
そこには、プランナー、グラフィッカ-、プログラマー、サウンド、
という大ざっぱに四つ職種があるだけだったのです。

ではその後、シナリオライターが担うことになる、
シナリオ要素とはどこにあったのでしょうか?

それを語るには、RPGゲームのルーツを知る必要があります。


(2)RPGゲームのシナリオ要素ってなんだろう?

RPGゲームは、
テーブルトークRPG(詳しくはWikipediaで)を原初としています。
テーブルトークRPGでのシナリオには、二種類あります。

ひとつめは、
「いま目の前に神秘的な湖が広がっている」
「君たちの食料はわずか田舎パンひとかけだけになってしまった」
「可愛い町娘が伏し目がちに話しかけてきた。どうする?」
などなど、ゲームマスターが語る『世界の様子の実況中継』です。

この実況中継は、小説の「地の文」のように、
プレイヤー達が見たり聞いたりしている、全ての情報を描き出し、
その中に次に向かうためのヒントや謎の伏線を混ぜこんだものです。

ふたつめは、
ゲームマスターの実況中継を受けて、
「じゃあ湖に行ってみようか?」とか「狩りで食料調達だ」とか
「町娘、一回スルーして反応を見よう」
などなど、遊びに参加している『プレイヤー同士のトーク』です。

これは小説で言うところの「セリフ」ですね。

つまり、テーブルトークRPGでは、
ゲームマスターが語る『世界』と『人々』に対し、
プレイヤー達が起こす『行動』があり、その両者の会話によって
『行動』の結果、『世界』や『人々』が変化していき、
そのことが物語を感じさせるのです。

この『世界の様子の実況中継』と『主人公パーティーのトーク』を、
人間ではなくコンピューターが担っているのがRPGゲームです。
RPGゲームでは、コンピューターが担うゲームマスター機能を受け、
プレイヤーは自分の意志で、
『世界の様子』を判断し、自キャラを操作し、
『世界』と『人々』に向けて、『行動』をおこすことができます。

プレイヤーがそうしておこした『行動』の結果として、
『世界』と『人々』の状態の変化がもたらされます。
それらの情報変化から、
「自分がこの世界や人々に関わっている」という実感と、
「何かを変えたことに対する満足感や責任や困惑」等々を
プレイヤーは感じ取ります。

プレイヤーの選択による『行動』の結果、
ゲーム世界が変わってしまう――、
その変化の中で、何を感じ取るのか?
これこそがRPGゲームのシナリオの原点であり、
後にRPGゲームシナリオライターが担うことになる
シナリオ要素の一つなのです。


(3)プランナー、それは魂を燃やす何でも屋!

こうしたRPGゲームのシナリオ要素を最初に担ったのは、
プランナーでした。
しかし、それはプランナーの請け負っている
多彩な仕事のほんの一部分です。

プランナーの仕事は多岐にわたります。

グラフィッカーが魅力的なキャラや美しいマップを描き、
プログラマーがストレスのない動作をするプログラムを組み、
サウンドが魂を揺さぶる音を作るとすれば、
プランナーはそれ以外の全部をこなす、
ゲーム開発現場の何でも屋でした。

プランナーのお仕事には、垣根なんか無いのです。
ゲームがこうすれば面白くなりそうだと思えば、
どこにでも首を突っ込み、なんにでもチャレンジしていく。

アイデアを思いついたら、即実行。
プログラマーに頭を下げ、グラフィッカーを説き伏せ、
あちこちに迷惑かけても、とにかく新しいゲーム性を模索する。

遊びを待ってるプレイヤーのために、
どんな泥でもかぶるし、馬鹿にでもなる。
それがプランナーに引き継がれてきたアツイ魂、
企画屋魂というものでした。

ですからプランナーは、みんながみんな、
ゲームを面白くするために、お仕事の垣根なんか関係なく、
魅力的なキャラの設定を考え、
ストレスの無いプログラムの要素について考え、
魂を揺さぶる音をどこで鳴らすか考え、
バトルを考え、マップを設計し、
グラフィッカーの絵とプログラマーのスクリプトとサウンドの音を武器に
イベントを組んでいきました。

バトルの面白さを確保するためにマップをこうするとか、
マップを楽しませるためにイベントはここで発動するべきとか、
それらの要素は切り離せるはずがない
ひと繋がりのものと考えていたのです。

こうした仕切りのない自由な開発現場の中では、
もちろんシナリオ要素も、
何かと切り離して考えられるものではありませんでした。

プレイヤーがどう思うのか?
何を憂い、何に喜び、何を決意し、
どこに向かい、どう振る舞うのか?

テーブルトークRPGと違い、プレイヤーの生の反応を見て、
ゲームマスターをやるわけではありません。

ですので、プランナー達は、
このゲームを遊んでいるプレイヤーの未来の姿を必死に想像し、
そこに向けて『世界』と『人々』の情報変化を詰め込んでいくのです。

そしてプレイヤーが、自分の『行動』の結果として、
それらの情報変化を体感し、
その変化に対して、プレイヤーが何かを思い、
その『行動と変化』と『変化への思い』の積み重ねが、
プレイヤーの心の中でなにがしかの物語を形作っていく、
そのようにするのが、
プランナーが担ったシナリオ要素の仕事でした。


(4)時代の変化、技術の進歩と職種の分化

しかし、ゲーム機の性能が上がり、
ゲームで表現出来ることがどんどん増えてくると、
プランナーの仕事は爆発的に増大し、プランナーは、
それぞれの専門に特化した職種に別れることとなりました。

バトルを専門に考えるバトル班、マップの面白さを追求するマップ班、
そしてイベントを組み上げるイベント班です。

これは、それまで何でも屋として、
広範囲で機能していたプランナーの力を、
それぞれの分野の中で一点集中させるものでした。

そのことで、ゲームが面白くなるためなら何でもやってやる!という、
広範囲にわたるアツイ企画屋魂は、イベント班が受け継ぎました。

なぜ、バトル班やマップ班ではなく、
イベント班が何でも屋を引き継いだのかというと、
イベントは元々、キャラやマップやバトルや音楽など、
様々な素材を組み合わせて作るものだったからです。

イベント班は、バトル班やマップ班、
グラフィッカーやプログラマーの島を飛び回り、
そこから上がってきた素材を組み合わせて、
より効果的な『世界』と『人々』の情報変化の波を作り出し、
それら情報ギャップによって、
プレイヤーの感情を揺さぶっていこうと務めました。
『プレイヤーの心の導線』の獲得です。

「このバトルをさらに面白く感じさせるには?」
「このマップにたどり着いた感激をより深く味わって貰うには?」
そこにはどんな情報出しをプレイヤーに行えば効果的か?
どのように『世界』と『人々』に織り込んでいくべきか?
その事を必死に考えるのがイベント班の仕事になったのです。

しかし、この段階でもまだ、
シナリオライターは開発現場に必要ではなかったのです。


(5)黒船襲来!グラフィック技術の革新!

プランナーが、バトル班、マップ班、イベント班に分かれ、
ゲーム開発のスタイルは、しばらくは安定していました。

ところがここで、グラフィック技術が飛躍的に向上し、
キャラクターやマップの表現方法が大きく変わりました。

ちょうどスーパーファミコンから、
プレイステーションへ移行した時期のことです。

2Dから3Dへ、デフォルメ路線からリアル路線へ。
絵素材の質の大きな変化は、
絵素材を用いてゲームを構築する役割の
プランナー達にも相応の変化を要求しました。

バトル班もマップ班も、今まで培った二次元の考え方を捨て、
立体的なキャラとマップを使った遊びを考えねばならなくなりました。


(6)イベント班、破滅の危機!

ここで、一番厳しい要求を突きつけられたのは、イベント班でした。

3Dキャラはリアルだったため、
モーションもリアルなものを詳細に指定して
発注する必要ができました。

2Dキャラでは出来ていたギャグ漫画的な動きのテクニック、
キャラ座標のY軸を上下させれば、
ジャンプして驚いているように見える、
ふたりのキャラを接触させれば
キスしているようにも見えるというような、
アイディア一発で乗り切れる
アバウトな動きでは通用しなくなったのです。

また3Dになったキャラやマップの魅力は大きく、
それらをしっかり伝えて、プレイヤーの体感度を上げるためには、
これらをうまく見せるカメラワークという概念が必要になってきました。

つまり、グラフィックに絡む仕事がとんでもなく増えました。

また、純粋にイベントプランナーが担当イベント内で執筆できていた
テキスト部分にも、大変な変更が押し寄せました。

リアルなマップやキャラには、やはり
その絵の質感に見合った、リアルな存在感を求められます。
キャラには、よりリアルな思考や行動を求められ、
マップには、より深い世界観を醸し出すための文化や歴史を求められました。

掘り下げた深いキャラクター達の心情や、踏み込んだ世界設定を、
プレイヤーに匂わせる事が必要になったのです。

しかし、掘り下げや踏み込みが効いた、
これら膨大な人物設定と世界設定のテキスト資料は
開発内部向けのもので、
各種デザインやマップや演出などによって表現されるものであり、
セリフだけで語るものではありません。

つまり、この資料は世界やキャラクターに
命を吹き込み存在感を醸し出すという、
非常に重要で重たい作業でありながら、
プレイヤーが直接読まないテキストなのです。

こうした部分に、人員や手間を大きくとられてしまうのは、
イベント班にとっては厳しい現実でした。

グラフィック回りの仕事の増大、新たな要素カメラワーク、
そして、リアルなキャラやマップの存在感を支えるための資料作り。
イベント班の仕事は多方面で爆発的に増えてしまったのです。
これはイベント班にとっては、
存在を揺るがしかねない大事件でした。

バトル班がバトルを組み上げ、マップ班がマップを作りきり、
グラフィッカ-がキャラやモーションを作らない限り、
イベント班は、イベント業務に着手することができません。
つまり、元々が開発終盤に業務が集中する部署であるというのに、
イベントを組む手間が増え、イベント制作にかかる時間自体も
大幅に増えてしまったのです。

今までのように、イベント班のみんなでシナリオ部分を考え、
同時に各部署の素材をチェックし、それらの組み合わせの妙を捜し、
よりよい『プレイヤーの心の導線』を確保するため、
考えながらイベントを組んで行くという、
職人芸に頼った制作方法では、
とてもとても突破できなくなったのです。


(6)イベント班の決断、シナリオライターのはじまり

イベントを作るための時間が足りない。
イベントを作るためのキャラクターや世界の掘り下げが足りない。

ならば、なにかを切り離し、分業するしかない。

そこで、まとまった要素として切り離されたのが、
バトルやマップやキャラやその他様々な要素にまたがって、
情報操作をし、『プレイヤーの心の導線を確保する』という
シナリオ要素だったのです。

これが、シナリオライターという職種の始まりです。

『世界』と『人々』の情報をプレイヤーの行動によって変化させ、
その変化のギャップによって、プレイヤーに何かを感じさせる。
その繰り返しが、心地よい波を作り、
プレイヤーをゲームクリアへ導く。
そんな『プレイヤーの心の導線』を確保する。

その仕事が丸々、シナリオライターという新職業に渡されたのです。

そしてこの時点でイベント班は初めて、
バトル班やマップ班と同じく、イベントを作るためだけの部署として、
専門性を帯びました。

イベント班がイベント業務に集中することにより、
シナリオライターは、イベント班が担ってきた、
イベントを作る以外の様々なものを受け継ぐことになりました。

それは、プランナーがバトルとマップとイベントに別れる前に
担っていた、面白くできそうなことがあれば、垣根を越え、
どこにでも首を突っ込んで、チャレンジする
アツイ企画屋魂の行動範囲が、そのまま引き継がれています。

RPGゲームシナリオライターは、こうした歴史から、
非常に多くの物事を、
各部署の開発に先行して取り扱うことになりました。

今作はどんなゲームになるのか?
そのゲーム性に即したテーマとは何かなのか?
テーマを際立たせる世界の有りようとは?
主人公とは? 仲間とは?
主人公のアンチテーゼたる敵の存在は?
主人公はどういう誤解と決意を繰り返し、
どこにたどり着くべきか?
このゲームを遊んだプレイヤーが、
心に持ち帰るものは何であるべきか?
今作のイベントスタイルに似合うシナリオのテイストやテンポは?
イベントシステムを使って出来そうなシナリオの遊びは?

RPGゲームのシナリオは、
テーブルトークRPGから引き継がれています。
キャラクターが演技する台本だけで
物語を感じさせるものではありません。
『世界』と『人々』のありようから、プレイヤーが感じ取る物語です。

RPGゲームシナリオライターは、
テーブルトークの語り部さながら、物語の材料を用意します。
しかし、それらの材料を組み合わせ、
出会いにどんなことを感じ、別れからなにを託されたと思い、
どんな答えを求めて旅していくのかは、
プレイヤーの心次第なのです。

RPGゲームの物語とは、プレイヤーの心が動いてはじめて、
紡ぎ出されていくものです。だからRPGゲームシナリオライターは、
面白いお話を書くだけでは仕事になっていません。

書いたお話を読んだプレイヤーがどう思うのか?
何を憂い、何に喜び、何を決意し、どこに向かい、どう振る舞うのか?
そこを必死に考え、面白くできそうなことがあれば、垣根を越え、
どこにでも首を突っ込んで、チャレンジするアツイ企画屋魂を持ち、ゲームを開発する。
それこそがRPGゲームシナリオライターのお仕事だと思います。



以上、RPGゲームシナリオライターが生まれた
その経緯について、私なりにまとめてお話させて頂きました。
ゲーム業界は広く、
そこには様々な開発現場やスタイルがありますので、
ここに書かれたことが全ての解ではありません。
しかし、私の経験から得た情報が、
ゲームシナリオまつわる謎の
その一角にでも答えられたらなあと思っています。
さいごに、興味を持って読んで下さった方々に感謝いたします。

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