旅するパラメータたち
自分が死んでも魂だけは残るのかな――、
なんて思っていた時期もあった。
子供を育てていて驚いたのが、
我が子が自分の子供時代にも、主人の子供時代にも
あまり似ていないことだった。
我が子はむしろ、今の自分に、もしくは今の主人に似ている。
そういえば、テレビで小籔千豊さんもそんなことを話していた。
自分の子供が子供時代の自分ではなく、今の自分に似ていて……
というようなことを。
ゲーム的に言うなら、
子供たちはどうやらレベル1から人生を始めるのでないらしい。
もちろん、両親が持つアイテム(財産)や、
家族が踏んだフラグ(状況)はなんらか引き継ぐだろうが、
それだけではなく、
両親のレベル=経験値(イベントで得た感情や成長)も
引き継いでいるようなのだ。
あくまでそう感じられる、という程度のことだけれども、
もしその感覚が正しいとするならば――、
私が私固有だと信じてきたパラメータのほとんどが、
両親や祖父母や、ご先祖様から、その人生経験分もまとめて
代々引き継いできたものかもしれないということで、
つまり、私たちが死んだ後も、
先祖代々一族でもって育ててきたこのパラメータのセットは、
一部欠損したり、婚姻によって新しい要素が増えたりしながらも、
子孫に引き継がれ、その血が続く限り、
この世界で成長し続けるということだ。
それは、その血の中に、
一族を形作っていたすべてが息づいているようなものだ。
人が死んでもその魂がどこかに残るのかもしれないと、
そんな風に思っていたのは、その人が生きた証が、
なにもかもなくなってしまうのが怖かったからだった。
死ばかり見つめれば、どうしてもそう思ってしまうのだが、
生を見つめると、なにもかもなくなるわけじゃないとわかる。
死を超えて、残されるものはある。
血の中に、あるいは同じ時を過ごした仲間たちに、
またあるいは、次代を担う後輩たちに、
たくさんのものが託されて、それらはまた誰かに託されて、
長い長い旅を続けていくのだ。
今は、それこそが魂というものなのかもしれないとも思う。
成長しながら、飛散していく、それこそが――。
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